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スケアカラー
2020.01.01 Wed
初編 


"天は人の上に人を造らずと云へり"

人は生まれながら平等であると言われているが、
現実には大きな差がある。それはなぜであろうか。
その理由は、学んだか学ばなかったかによるものである。

学問を身につけ、自分の役割を果たし独立すべきだ。
自由とわがままは異なる。学問とはその分限を知ることである。

自分の行いを正し、学問を志し知識を広め、
各自の立場に応じて才能と人格を磨き、
外国と対等に付き合い、日本の独立と平和を守ることが急務である。



二編 人は同等なること

学問の目的とは 
知識・見聞を広め、物の道理を理解し、人間としての責任を自覚すること。

平等とは 相互関係
国民・・・ 税金を払い 国法を守る 責任・義務を尽くす。
政府・・・ 税金を正しく運用し、法令を定め、悪人を罰し、善人を保護する。

圧政の原因
国民が無知だからである。一人の権力者や暴君のせいではない。
国益にならないばかりか、害になる恥知らずの愚か者に対しては
道理を説くよりも、やむをえず力で脅して鎮めるしかなくなる。

圧政を逃れるためには
学問を志し、才能と品格を磨き、
政府に対抗して、同等の資格と地位に立つ実力を持つ。



三編 国は同等なること/一身独立して一国独立すること

道義を守る国と我が国は外交を広め、
道義なき国とは勇気をもって交渉を打ち破る。

個人が独立してこそ 一国の独立も可能

独立の精神がないことから生じる害悪
1、独立の精神がないものは 国を愛する心も浅く いいかげんである
2、自分自身に独立の自覚がない者は 外国人に自分の権利を主張できない
3、独立の気力なき者は 他人の権力に頼って悪に走ることがある



四編 学者の職分を論ず

個人としては知識人だが、公務員に属すると その個性を発揮できない者も多い。
個人で事業を興し、国民が頼り得る目標たる人物になるべき。

事を始めるには、詳しく説明するに越したことはない。
自ら実例を示すのが 最良の方法だ。



五編 明治七年一月一日の詞

文明を起こすのは 民間人であり、
保護するのが政府

文明や発明に国民が喜びを共感し、誇りに思う事で、
気力を高め 国の独立を助長する。

官と民間の力が均衡する時、国力は増大し、
独立の確かな基礎が固まり、外国と同等に付き合う事ができる。


読書は学問の手段である。学問は実践の方法である。
実地に臨み経験を踏んでこそ、勇気と力が生まれるはずである。



六編 国法の貴きを論ず

政府は国民の代理で 
国民の思うところに従い、事を行うもの


その務めは、罪ある者を捕らえ、罪なき者を保護することにある。
国民は、政府との約束を固く守り、法に従い保護を受ける。

もし政府の処置が間違っていて 犯人をかばうようならば、
その不条理さを訴えるべきである 個人が犯人を殺す道理はない。

政府を差し置いて、勝手に天誅を下してはならない。
国のためを思うなら 手段を選ぶべきだ。

国法の尊さを知らない者は、
法律の目をくぐり、陰で罪を犯しても恥とも思わない

もし見つかっても、法を犯したという反省を持つのではなく
見つかった身の不幸を嘆いているだけだ。

国民は、その法律がどうにも不便だと思えば、
遠慮せずに これを論じ訴えるべき

ただし、すでにその法が施行されている間は、その法を守るのが義務である。



七編 国民の職分を論ず

国民の義務

・法を守る
⇒ 国法は不正・不便と思っても、それを口実に これを破る道理はない。

・税金を納める
⇒ 政府はそれを国民の利益のために運用し、国民は政府の保護を受ける。


政府の暴政に対する 国民の行動
 
 自分の主義を曲げて政府に従う
⇒ 一度不正を認めると、その悪習は子々孫々に はびこる
 
 力で政府に対抗する
⇒ 内乱がおこると、善悪などは問題外になり、
  ただ戦力の強弱だけで勝敗が決まる。
 
 主張を貫いて身を捨てる
⇒ 議論すれば、良い法律や優れた政策は残り、政府は改善される。


事の軽重は、単に金銭の大小、
人数の多少で論ずべきではない。
それが「世の文明に真に役立つかどうか」が問題である。




八編 わが心をもって他人の身を制すべからず

人間が鳥や獣と違う点は、子を教育し、
人間としての交際の道を教えるということである。

人間には、体・智慧・情欲・誠実さ・意志がある。
他人の権利を妨げさえしなければ 自由に行動することができる。
人との付き合いにおいて
自分の分限を超えないことが大切な生き方だ




九編・十編 学問の旨を二様に記して中津の旧友に贈る文

衣食住の安定を求めるのは、自立した個人としては当然のことであり、
それだけで満足してはならない。
社会の一員としての立場を自覚し、社会の発展に尽くさなければならない。

ただ他人に迷惑をかけないだけでは、
世の中の役に立つことにはならない。

酒も飲まず、遊びもしない人間は、
単に、世の中に害を及ぼさぬ人間にすぎない。


どんな人間でも 多少なりとも身に長所があれば、
それを世の中に役立てたいと思うのは、人情の常であろう。

ときには、世の中のためにするという意識が本人にはないのに、
知らず知らずのうちに子孫がその恩恵を受けることだってある。
文明は祖先が残してくれた莫大な遺産である。


世の中の有様は次第に進歩していく。
昨日便利とされていたものが、今日では不便になる。
去年の新工夫も、今年はありふれたものになる。
日々進歩し水準が向上している。

我々の責務は、現代社会に生きた痕跡を残し、
これを後世に伝えることである。




十一編 名分をもって偽君子を生ずるの論

上に立つ者の基本的な考え
 「世の民衆などは みな無知で、かつ善良である。
  だからこそ民衆を指導し、助力し、教育しなくてはならぬ。」

実現不可能な政治は、国民にとっては迷惑となる。
「思いやりのある政治」は理想的だが、
政府の人間も 国民も完璧な聖人賢人ではない。


職務と地位身分は全く別のものである。
重要なのは、職務に伴う責任を果たすことだ。
職務を確実に果たすならば、地位身分に伴う権限があっても差し支えない。

地位身分などは無いと考え、勝手に国法を破ったり、
役人が民間事業に介入しては混乱が生じる。
自主・自由は 無政府・無法ではない。



十二編 演説の法を勧むるの説/人の品行は高尚ならざるべからざるの論

学問の本質は、
自分がどう活用できるかにかかっている。
知識は、議論により交換したり、公開して広めるように努めなければならない。

人の見識・行動は、
崇高・難解な理論を語るだけで高潔になるわけではない。

理論と実生活に大きな隔たりがある人間は、とても見識のある人間とは思えない。


見識を高くし、行動に反映するには
物事の長所・短所を検討し、より高い段階を目指し、
けっして自己満足しないことに尽きる。


クズのような人間と比較して、
自分がまだマシだと安心しているのは愚かなことだ。



十三編 怨望の人間に害あるを論ず

欲望は、発揮される場所・強弱・方向によっては、一概に悪徳とは言えない。
しかし、怨望は悪徳以外のなにものでもない。
世の中で最大の悪は怨望である

世間との付き合いを嫌い、他人との交際を避けている者は、
相手の人物をろくに知ろうとせず、伝え聞いたことのみで判断し、
勝手な思い込みで忌み嫌う。

お互いに競い合い、実際に話し合うことで怨望や嫉妬を根絶すべきだ。

幸不幸、名誉と汚名、貧富、貴賤など、
それらは本人自身が選びとった結果であるようにしたい。



十四編 心事の棚卸し/世話の字の義

期限の長い計画は、一見立派なことを予定しているようだが、
期限が迫るにつれて、その計画の具体的内容が説明できなくなる。
実現の可能性や期間の正確な予測を考えず、気楽に事をみていたためである。
「一か月以内」「すぐに今日から実行する」という人間は稀である。

普段から、自分の仕事や学問の記録をきちんとつけ、
できるだけ損がないように心掛けねばならない。


どこまで成功したか、まずいところはないか、
同じ方法で大丈夫か、ほかに工夫できることはないかなど
帳簿を点検することが必要である。



「世話」という語には、
保護と命令の2つの意味がある


保護とは
金や物を与え、時間をさいて、利益や名誉を守ってやり面倒をみること。

命令とは
人のために役立つことを指示し、損にならぬように意見すること。

保護と命令とは、ともに目的が等しく、
両方そろって一つの世話となる。これが崩れると問題が生じる。
世間や政治においても、行き過ぎた保護が見られる。

貧困だからという単純な同情だけで保護してはならない
貧困になった原因や その人物が悪人かどうかを よく調べる必要がある。


人生全て計算ずくな理屈だけで割り切れるものではないが、
慈悲の精神は その用いるところを
しっかり判断することが重要である。




十五編 事物を疑いて取捨を断ずること

何を信じ 何を疑うか、選択する力が必要だ。
学問とはつまるところ、この判断力を養うことにある。


日本の旧習を嫌って、西洋の文物を
ことごとく信用するのは、実に軽率の極みである。
新しい西洋文明を盲信し、欠点までも真似しようとしている。
無批判に信用するくらいなら、いっそ信じないほうが、まだマシである。


西洋と日本の文明を比較し、
信じるに足るものを信じ、疑わしい点に疑問を持ち、
どれを採り入れ、何を捨てるのか、
正しく選ぶことが大切なのである。




十六編 手近く独立を守ること/心事と働きと相当すべきの論

人の理想は高尚でなくてはならない。
理想が高尚でなければ、活動も高尚には ならないからである。

人間の活動には、
おのずから制約がなくてはならない。

また、行動するには 時と場所を わきまえていなければならない。


活動の有用無用を見分けたり、
行動を制御するにも、確かな判断力が必要だ。



行動だけが活発で、判断力に欠けている者は
役に立たないどころか、害を及ぼすことさえ多いのである。

逆に、理想のみ高く、行動力が伴わない者は不平ばかり言っている。
独りよがりの高尚な理想を基準にして、他人の行動を評価するばかりか
そこに勝手な空想を持ち込むために 人に嫌われる。



十七編 人望論

栄誉と人望は 努めて求めるべきである。
自分の立場をはっきりと自覚し、自分に適した評価を求めるべきだ。


しゃべらず、感情を顔に出さないことが、
奥ゆかしいことだと誤解してはならない。

生き生きとした人間社会に参加して、多くの事物や各階層の人々に交わり、
他人を知り、他人にも知ってもらわねばならぬ。

自分の考えを知らせるには、言葉が特に有力だ。
話す人間の意見を聴くだけではなく、しゃべり方も学ぶことが必要である。

顔色や容貌を 生き生きと明るく見せることは、
人間としての基本的なモラルである。
決して うわべを飾ることではない。

見栄を取り去り、率直になるべきだ。



『学問のすゝめ』 福沢諭吉
1872(明治5年2月出版)
1876(明治9年11月完結)


参考
『学問のすゝめ』 著・福沢諭吉 現代語訳・檜谷昭彦 三笠書房 2001年発行
『学問のすゝめ』 著・福沢諭吉 編者・小室正紀、西川俊作 慶応義塾大学出版会 2009年発行
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